特集 スマートシティの整備本格化 IoT、AIを活用し、Society5.0を先行実現(P17-18引用)
島根県益田市
IoT事業の導入でスマートシテイー化目指す
島根県の西部に位置し、万葉の歌人柿本人麻呂の終焉の地とされる益田市。全国に先駆けて人口減少と超高齢化が進行し、「過疎は発祥の地」とも言われている。現在の人口は約4万6000人で、高齢化率は35%を超えている。
そんな益田市が人口減少・超高齢化への対応策として、IoT(モノのインターネット)技術を活用した事業を導入・実施することによってスマートシティー化を促進する取り組みを進めている。きっかけは市の委員会の元委員で、地元の有力企業シマネ益田電子の役員からの提言だった。「IoTを使って、行政職員の負担軽減、市民サービスの向上、市内の参画企業や教育機関との連携、県外企業の参画による往来人口の拡大につなげていってはどうか」。2016年の秋口のことだった。
水位測定、道路監視、血圧管理で導入
提言を受けて、益田市は17年3月に職員向けのIoTセミナーを初めて開催し、以来、年2~3回のペースで開いている。17年7月にはIoT技術を活用して水路の水位を測定するシステムの実証実験を開始。市にとってのIoT事業の導入の第1号で、市内の排水路(用水路)にIoTセンサーを最大6カ所(現在は4カ所)設置し、水位のモニタリング(監視)業務の効率化に取り組んでいる。
排水路は平時から水位を測り、水門(樋門)を開閉して水量を調節している。大雨の際には水路が氾濫して家屋や道路が冠水するのを未然に防ぐため、昼夜を問わずに何カ所もの水位を測定し、機動的に水門を開閉する必要がある。従来はその作業を市の職員が行っており、現場に出向いて目視で水位を把握していた。実証実験では水位計に備え付けたIoTセンサーで測定した水位データを省電力・広域無線通信技術(LPWA)で送信し、パソコンやスマートフォンで確認できるようになった。水門を的確に開閉でき、防災につなげられるほか、職員の負担軽減と経費の節減にも寄与している。
18年10月にはIoT機能を装備した血圧計を市民に配布し、測定した血圧データを収集・分析する「スマート・ヘルスケア推進事業」を創設した。IoTを活用した血圧管理を導入することで、市の健康課題である働き盛り世代の脳卒中の発症を減らし、健康寿命の延伸につなげるのが目的だ。
19年4月からは、IoT技術を活用した道路モニタリングの実証実験を開始。市は総延長926㎞の市道の維持・管理を担っており、これまでは市の所有する専用のパトロール車で日々、職員の目視によって路面の損壊や劣化の状況をチェックしていた。実証実験ではそのパトロール車に31個のIoTセンサーを搭載し、自動的に路面データの収集・送信・蓄積を行っている。同年5月には鳥獣被害を防止するため、市内農家においてIoTセンサーによるモニタリングの実証実験を実施した。20年度にはIoTセンサーを活用した高齢者および乳幼児の見守り事業の実証実験に着手する予定だ。
民間団体に「実証フィールド」を提供
益田市のIoT事業の特徴は、I0Tの技術とノウハウを持つ民間企業・団体と連携し、実証実験の実施・運営・管理を民間側に任せる一方、自らは実証フィールドを無償で提供するという「テストベッド(試験用の架台)」の役割に徹していることだ。
民間側の主体であり、この官民の役割分担によるIoT事業推進のけん引役となっているのが、一般社団法人「益田サイバースマートシティ創造協議会(MCSCC)」。18年10月に東京のITコンサルティング会社や地元企業が中心となって設立し、翌11月に益田市と地方創生型スマートシティーの実現に向けたIoT事業の推進に関する包括連携協定を締結した。これを機に益田市の取り組みは本格化し、水位監視、道路モニタリング、鳥獣被害防止の各IoT事業はいずれもMCSCCが実施主体となっている。この3事業は18年5月に国土交通省のスマートシティーモデル事業の「先行モデルプロジェクト」にセットで選定されたが、モデル事業への応募主体はMCSCCだった。
「現在の益田市に2030年の日本国の未来、少子高齢化社会の未来を見ることができる」「高齢化社会の益田こそが、日本国の未来を掛けたプロジェクトを実装するのに価値のある都市」。益田市をIoT事業の実証実験のテストベッドに選んだ理由について、MCSCCの豊崎禎久代表理事はこう説明する。
「日本の将来のまち」である益田市での実証実験で成果をあげられれば、日本の未来の課題を解決できるサービス・ソリューションの実装につなげられると判断しており、実証結果は「益田モデル」として他の地方都市に対して都市間連携で発信・提供していく方針だ。
一方、益田市にとっては、実証実験を通じて課題解決につながるIoT技術やスマートシティー化のノウハウをいち早く取り込めるほか、地域活性化の契機にできるという利点がある。全国的にも先駆的な実証事業の場ということで、市外からの視察や企業・ビジネス関係者、IT技術者などの訪問が増えることが予想され、益田市内に立地する萩・石見空港の利用者や宿泊客の増大などの経済効果が見込める。さらに来訪者の増加は市が重視する「関係人口」の創出・拡充に直結することから、市は人的交流の拡大、IoTをはじめとする先進技術を活用した新ビジネスの創出、市内企業の技術力の向上、将来的な移住・定住の増加などの複合効果の具現化を目指している。