MCSCC代表理事インタビュー記事
- 島根県益田市が進めるスマートシティ化 – 推進体制強化で何が変わるのか? マイナビニュース (2020/4/24)
『益田の夢、長崎の未来』
島根県の益田市に熱を帯びた風が吹いている。
益田市は、島根県西部の海岸沿いにある人口5万人程度の自治体。「消滅自治体」を採り上げたNHKスペシャルで事例として登場するなど、人口流出に悩んできたところだ。
「人口拡大」を掲げて奮闘する山本浩章市長(私と同い年)のもとに、人口拡大へのきっかけとなる動きが舞い込んだ。今政府を挙げて取り組んでいる「IoT」(モノのインターネット)関係のプロジェクトで、様々な企業のチームが益田市を舞台に実証実験に取り組む内容だ。
このチームは、リードしている方が長崎出身である関係上、長崎に関係が深く、2013年頃から長崎で普及啓発活動に取り組んできた経緯がある。慶応義塾大学と連携して取り組んできた通信システムを使いながら、センサー機器から得られる情報を使って、長崎の様々な問題解決に寄与しようというものだった。
「IoT」という概念はわかりにくいが、センサーで得た様々な情報(温度、湿度、音、光…)をもとに、「物理的空間」を把握していこうというものだ。極めてシンプルな事例で言えば、人を感知して電気がつく装置なども、いくつかの機器がネットでつながって順次対応すれば「IoT」の仲間になる。橋やビルの振動を常時観測して異常を早期に発見するなど、人間が苦手な分野を機械の力で乗り越えようとする試みだ。今話題の「自動運転車」も、センサーの固まりで、車相互がぶつからないようにネットワークでつながるところなど、IoTそのものだと言っていい。
長崎県が現在進めようとしている「IoTによる高齢者の見守り」は横浜市のUR(旧住宅都市整備公団)公田町住宅で実証実験が行われており、「いつも監視されているようで好きではない」という高齢者も少なからずおられるなど、技術進歩だけではない課題も浮き彫りになっていた。
当初のチームの考え方は、長崎では、斜面地の土砂崩れの予兆をひずみセンサーや音センサーで把握したりして、より安全な都市づくりができないか、というものだった。
だが、長崎という街は意外と「どこもやっていない」ことには及び腰になりがち。
何年間か普及啓発活動を行ってはみたものの、気運が盛り上がらないまま。そんな中、島根県益田市が候補地として浮上してきた。
ひとつには、益田市には「シマネ益田電子」(SME)という半導体を製造する地場企業があることが大きかった。IoTの仕組みを良く理解し、益田市の発展に寄与したいという意欲が高いことが理由だ。
もうひとつは、益田市の山本市長が人口拡大のきっかけとするため、市役所を挙げて取り組むこととしたことだ。一度陪席させて頂いたが、市長の旗振りで、年度末の多忙な時期であるにもかかわらず、市役所職員の大多数を講堂に集め、IoTとは何か、何が解決できるのか、市役所の行政で何ができるのかなどの講義を開催。職員の皆さんが熱心にメモを取っておられた。おそらく市役所職員の皆さんに自治体消滅の「危機感」が共有されているからだろう。
島根県は長崎県と同様、離島を抱え、人口集中地域から遠いというハンディキャップを持っているが、他方、世界的に有力なプログラミング言語の一つ「Ruby」を生み出した土地でもあり、現在でも世界各国からこれを学びに来るプログラマーたちがいる。こういったことを背景に、島根県庁がかなり前からITに理解が深いように感じる。
長崎で気運が盛り上がらず、島根県益田市で熱を帯びた取組が始まったことから、このプロジェクトの「主会場」は益田市と決まった。この後、チームの長崎出身の方からは折に触れ「長崎市は百年に一度のチャンスを逃した」と言われることになるが、当の長崎市では「百年に一度の街の姿が変わるとき」と公会堂解体、新市庁舎建設など大型公共施設の計画に没頭していたから、IoTなど目に入らなかったのかもしれない。
益田市は徐々に注目を集めるようになり、山本市長がメディアに出る機会も多くなってきた。日本有数の企業が実証実験の拠点を置きはじめ、海外の大手企業も視察に来るようになった。熱い風は吹き続けている。
だが、長崎も、長崎県立大学シーボルト校には情報系学部があり、国内唯一の四年制でサイバーセキュリティのプロを育てる学科もできた。長崎大学にも情報系学部を創設するようだ。遅ればせながら長崎にも微風が吹いてきたように感じる。
誰も見たことがない世界をみることができたので人が集まったのが、江戸期長崎の特色だ。
微風が台風になるまで、風を送り続けたい。